膝の靭帯損傷とは
膝には前十字靭帯(ACL)、後十字靭帯(PCL)、内側側副靱帯(MCL)、外側側副靱帯(LCL)の4本の靭帯があり、関節が不安定にならなように制動する役割があります。これらの靭帯がスポーツによる外傷や交通事故などで大きな外力が加わった時に、その外力の方向に応じて、部分的にまたは完全に断裂してしまうことを膝靭帯損傷といいます。
前十字靭帯と内側側副靱帯に損傷が多く見られます。また非常に激しい外力が加わることで複数の靭帯に損傷が及ぶ複合靭帯損傷となるケースもあります。後十字靭帯は交通事故やスポーツによる転倒など膝が地面に着くような状況で受傷します。
靭帯損傷の分類
靭帯損傷は第1〜3度に分類されます。
第1度:少ない数の線維の断裂で、靭帯弛緩は伴わない
第2度:多くの線維の損傷によって靭帯の弛緩性を生じているもの
第3度:完全な靭帯損傷
①内側側副帯損傷
内側側副帯損傷(medial collateral ligament injury)は、膝に大きな外反力が加わって生じるもので、膝の靭帯損傷の中では最も頻度が高いとされています。しかし第1・2度の損傷が多く、症状は膝内側の疼痛が主体であり不安定感は感じないことが多いです。
診断
損傷部に一致した圧痛および腫張、稀に皮下出血を認めます。外反ストレステストは完全伸展位と屈曲30°で行います。第2度以上の損傷で、軽度屈曲位での外反ストレステストが陽性になります。内側側副靱帯のみの損傷では、完全伸展位では不安定性は認められません。
単純X線では異常を認めないことが多いですが、新鮮例では大腿骨内側顆部に裂離した小骨片を、陳旧例では同部に石灰化像(Stieda陰影)を認めることがあります。ストレスX線も不安定性の程度が診断でき有用です。
MRIでは損傷の部位やその程度の評価が可能です。
治療
新鮮例に対しては、装具などを用いた保存療法をまず行います。単独損傷であれば、多くの場合、保存療法にてスポーツ復帰が可能となり、陳旧例で保存療法が無効の場合は、再建術が選択されます。
②前十字靱帯損傷
前十字靱帯損傷(anterior cruciate ligament injury)はジャンプの後の着地時、急な方向転換時などで受傷することが多いです。受傷時、断裂音(popping)を感じることもあります。受傷後早期に関節が腫張し、強い痛みがあります。陳旧例では疼痛は軽減するが、膝くずれ(giving way)などの不安定感などによりスポーツ継続が困難になることもあります。自覚上の不安定感がなくても、前十字帯損傷後に未治療のままスポーツを継続した場合は、半月損傷や関節軟骨損傷をきたす危険性が高くなります。
徒手検査
前十字靭帯損傷における徒手検査で最も重要なものは Lachman(ラックマン)テストであり、特異度、感度ともに高い検査です。
●Lachmanテスト
患者は仰臥位とし、膝関節軽度屈曲位(20〜30°)で大腿骨遠位部を一側の手で保持し、他方の手で脛骨近位部を前方に引き出し、脛骨の移動量と停止点(endpoint)をチェックします。前十字靱帯損傷では脛骨が前方へ引き出され、停止点が不明瞭となります。
●前方引き出しテスト(anterior drawer test)
膝90°屈曲位で足部を検者の殿部で軽く両手で脛骨近位部を前方に引き出し、ストレスをかけ脛骨の前方移動量を評価します。
●N-テスト
仰臥位で膝屈曲60°とし、下腿内旋、膝関節外反のストレスをかけながら、膝関節を伸展させて、膝関節15~30°付近で脛骨外側プラトーが前方に亜脱臼するかどうか調べます。前十字靭帯が正常に機能している場合、膝を伸展していくとストレスに抵抗して下腿が外旋します。前十字靱帯損傷例では下腿が前方内旋方向に亜脱臼します。
単純X線では、多くの場合は異常を認めません。時に脛骨顆間隆起の裂離骨折、関節包の脛骨付着部前外側の裂離骨折である Segond(スゴン)骨折、大腿骨荷重部の陥凹を認めることがあります。膝関節軽度屈曲位のストレス撮影では、健側に比べ脛骨の前方動揺性の増加を認めます。
MRIでは、前十字靱帯断裂部の膨化、輝度変化などの所見を認めることが多いです。また、MRIは合併損傷としての半月損傷や骨軟骨損傷の診断に有用です。
治療
前十字靭帯損傷後に対して保存療法を行なった場合、完全に治癒する確率は低く、ある程度の前方不安定性が残ります。前方不安定性が残存すると、長期的には変形性膝関節症の発症リスクが上がりますが、短期的には前方不安定性が存在しても活動性の低い症例では日常生活に支障はあまり多くはありません。したがって治療の選択においては、年齢や活動性を考慮に入れて決定することになります。
積極的なスポーツ活動を望まない中高年の患者には、装具装着や筋力増強トレーニングを中心とした保存療法で経過をみます。スポーツ活動を望む若い患者においては前十字靭帯再建術を選択します。手術は受傷直後に行うと関節線維症の発生頻度が高くなるため、膝関節の炎症の消退と可動域が回復した時期に行うことが一般的とされています。
また、陳旧例では日常生活動作で膝くずれを繰り返すなど、不安定感が強い場合も再建術の適応となります。成長終了前の若年者の前十字靱帯損傷に対しても、完全断裂であれば保存療法の成績が不良であるため、手術療法を選択されることが多くなってきています。その際は、年齢に応じて成長軟骨の損傷を最小限にする手術方法を選択する必要があります。
再建術は関節鏡視下に行い、再建術に用いる移植材料としては、自家腱として骨付き膝蓋腱や半様筋腱などがよく用いられます。再建靭帯の設置部位は、原則、前十字靱帯の解剖学的付着部位を基本とします。術後のスポーツ復帰は8〜10カ月後を目安とします。
③後十字靭帯損傷
後十字靭帯損傷(posterior cruciate ligament injury)は交通事故やスポーツ外傷などで、膝関節屈曲位で脛骨前方に強い直達外力が加わった際に受傷することがよく見られます。車の追突事故では膝屈曲位で膝前下方を打撲して受傷します(ダッシュポード損傷:dashboard injury)。症状は前十字帯損傷に比べると軽度であることが多く、受傷後もスポーツ活動が継続可能なこともあります。後方不安定性が強い症例では、階段昇降や運動時に不安定感などの訴えが見られます。
診断
脛骨粗面部の皮膚に擦過創などの皮膚損傷を認めることが多いです。関節血腫も伴うこともあり、後方関節包にも損傷がある場合は、血液は膝窩部から下腿後面へ流れるため膝後方の皮下出血にも留意が必要です。
陳旧例では、関節軟骨変性のため膝蓋大腿関節や内側の関節裂隙に圧痛を認めることもあります。仰臥位で膝関節屈曲90°とすると、脛骨近位端が後方へ移動している落ち込み徴候(sag sign)を認めます。その位置から大腿四頭筋を収縮させると、脛骨近位部の後方亜脱臼状態が整復されます( quadriceps active test)。
●後方引き出しテスト(posterior drawer test)
前方引き出しテストと同じ肢位で脛骨近位部を後方へ押し込み、後方移動量を評価します。脛骨が後方に落ち込んだ sagging状態にある位置を起点として行うと後方移動量が過小評価されるため、大腿四頭筋を収縮させ、亜脱臼状態を整復させた位置から評価を行います。
X線では、靱帯付着部の裂離骨折が診断可能です。また。ストレスX線は後方移動量の評価に有用です。
MRIも靱帯実質部および付着部での損傷の診断に有用です。
治療
後十字靱帯損傷の機能的予後は比較的良好なことが多く、大腿四頭筋訓練、装具などによる保存療法が第一選択となります。保存療法を行っても高度の後方不安定性が残存する場合、または不安定感のためにスポーツ活動や日常生活が障害される場合などには再建術の適応となります。
No.0038
監修:院長 坂本貞範
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