膝が痛くなり、変形性膝関節症と診断されると、治療の選択肢として注射による薬物療法を勧められることがあります。一般的に変形性膝関節症で行われている注射は、ヒアルロン酸とステロイドの2種類です。この2つはどちらも痛みを和らげる効果がある注射ですが、効果がでる作用に違いがあります。
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ヒアルロン酸の特徴
ヒアルロン酸はもともと体の中に存在している成分で、保水力に優れていることから、化粧品や健康食品などにも使われています。その保水力は、ヒアルロン酸1グラムで6リットルもの水分を保持することができます。またヒアルロン酸は粘性と弾性(元に戻る性質)が高いことも特徴です。
ではなぜこのヒアルロン酸を関節に注入するかといいますと、もともと関節の中にはヒアルロン酸が存在しており、重要な役割を担っているからです。関節は関節包といわれるもので包まれており、この関節包の中は関節液(滑液)で満たされています。
関節液は膝の動きを滑らかにする潤滑油のような役割がありますが、これは粘性のあるヒアルロン酸により、関節軟骨と半月板の摩擦を軽減させているのです。また弾性のあるヒアルロン酸が関節軟骨と半月板の間で満たされていることで、荷重時などの衝撃を吸収する役割もあります。さらにヒアルロン酸は、傷が治癒する過程で必要な肉芽組織の形成に欠かせないものであり、創傷治癒作用もあるといえます。
そんな重要は役割を果たしているヒアルロン酸ですが、残念なことに加齢とともに減少していきます。ヒアルロン酸は肌にも含まれており、赤ちゃんの肌と比べて大人の肌は、ヒアルロン酸の量が20分の1といわれています。赤ちゃんの肌がみずみずしく、高齢になると肌がカサカサになるのは、ヒアルロン酸の減少が原因の1つです。
また肌と同様に関節のヒアルロン酸の濃度や分子量(質量)も加齢により減少しますので、それに伴い関節の動きが悪くなり、衝撃を吸収できずに痛みを感じることとなります。さらにヒアルロン酸の減少は加齢によるものだけでなく、変形性膝関節症など関節内で炎症が起きている場合は、炎症によりヒアルロン酸が分解され、濃度が低下します。
ある研究データによると正常の膝関節のヒアルロン酸濃度が0.3~0.4%、分子量が約400万であるのに対して、変形性膝関節症では濃度が0.1~0.2%、分子量は約250万に減少しています。
そこで関節内にヒアルロン酸水溶液を注入することにより、濃度が低下した関節液を正常化し、関節軟骨の表層を被膜保護することで変性の進行を抑えます。また潤滑作用により関節の可動域が改善され、衝撃抑制作用や創傷治癒作用により痛みを和らげる効果が期待できます。
ヒアルロン酸のサプリは関節に効くの?
ヒアルロン酸が肌や関節に効くという情報が先行し、世間ではヒアルロン酸が含まれたサプリメントがたくさん出回っています。関節に打つヒアルロン酸注射が効くのなら、手軽に摂取できるサプリメントも治療に有効ではないかと思うかもしれません。
そこで「経口摂取したヒアルロン酸の吸収」について研究された資料によると、口から入ったヒアルロン酸は腸管で吸収され、肝臓で代謝されます。その後、呼気(吐いた息)や尿として排泄される一方で、ヒアルロン酸の分解物や代謝物は血流に乗って皮膚まで届いていることがわかりました。このことからも、肌への一定の効果は認められますが、関節まで届いているかといえば、疑問が残ります。
なぜなら関節軟骨には血管がなく、関節液によって栄養を受けています。肌のように血液が行き届くところであれば、ヒアルロン酸の効果が感じられるかもしれませんが、関節液に含まれるヒアルロン酸の濃度や分子量が増大するわけではなく、経口摂取したヒアルロン酸が関節に作用しているとは言い難いです。
しかし直接関節に投与するヒアルロン酸注射は効果が実証されており、日本整形外科学会が制作した変形性膝関節症の診療ガイドラインでも推奨されています。このガイドラインによると、「ステロイド注射と比較して作用発現は遅いが、症状緩和作用は長く持続することが特徴」としています。
ヒアルロン酸を投与回数は薬剤の種類にもよりますが、週に1回のペースで5週間続けて行い様子をみます。その後は2〜4週に1回のペースで投与して経過を観察します。複数回の投与に対して副作用の不安を感じる方がいるかもしれませんが、ヒアルロン酸は副作用が少ない薬剤ですので、比較的安全であり長期間の使用でも安心です。
ただし、ヒアルロン酸の投与で効果がみられない場合は、ステロイドの投与や手術が検討されることもあります。効果が出ない場合の対応は医師の判断によりますが、アメリカの整形外科学会では2013年に改定されたガイドラインより、「ヒアルロン酸は推奨しない」としており、国内外で推奨度に違いがみられます。
ステロイドの特徴
体内で作られるホルモンの中に副腎皮質ホルモンというものがあり、ステロイドは副腎皮質ホルモンの中の糖質コルチコイドを元に製造された薬剤です。ステロイドには抗炎症作用、免疫抑制作用、細胞増殖抑制作用、血管収縮作用などがあり、これらの作用により内分泌疾患、自己免疫疾患、アレルギー性疾患、血液疾患など幅広い疾患で使用されています。
ステロイドは様々な疾患に適応するだけでなく、高い効力も特徴の一つです。しかしその反面、様々な副作用の症状が現れる可能性があります。例えば免疫抑制作用により感染症にかかりやすくなる易感染性(いかんせんせい)、高血糖、動脈硬化、満月様顔貌(ムーンフェイス:moon-face)、骨粗しょう症の誘発、消化性潰瘍が生じやすくなるなどが挙げられます。また関節内注射の場合では、ステロイド結晶による結晶性滑膜炎、関節の細菌感染、関節軟骨の萎縮などにも注意が必要です。
変形膝関節症においても抗炎症作用を目的として、ステロイドの関節内注射が行われますが、日本整形外科学会の診療ガイドラインでは、ヒアルロン酸と比較すると推奨度はやや低くなります。その為、使用に際しても「経口鎮痛薬や抗炎症薬が十分に効かない中等度から重度の疼痛に対して、および関節に水が溜まるなどの局所的な炎症所見がみられる場合に考慮する」という内容の記載にとどまっています。しかしヒアルロン酸とは反対に、海外ではステロイドの方が高い推奨度となっており、国内外でヒアルロン酸とステロイドに対する評価が分かれています。
ヒアルロン酸やステロイドに変わる新たな治療薬
変形性膝関節症の治療において、注射といえばヒアルロン酸かステロイドのどちらかでした。ところが、最近この2つとは違う治療方法が注目を集めています。それはPRP(多血小板血漿)療法と自己脂肪由来幹細胞治療という再生医療です。
PRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)療法
PRP(多血小板血漿)療法とは、自分の血液から血小板や成長因子だけを集め、その成分を膝関節に注入する治療法です。血小板や成長因子には傷を修復する効果があり、これらの成分を濃縮して体内に戻すことにより、痛みや炎症を抑えます。
自己由来脂肪幹細胞治療
また自己由来脂肪幹細胞治療は、脂肪に含まれる幹細胞を利用した治療法です。幹細胞には色々な細胞に変化する能力があるため、これまでは再生しないといわれていた関節軟骨も修復が可能となります。治療法としては、自分の体から脂肪を採取し、その中にある幹細胞を培養して、再び関節の中に注入します。この自己由来脂肪幹細胞治療は、これまでの対症療法であったヒアルロン酸やステロイドと違い、関節自体を再生させることにより治療の効果が長く続きます。
変形性膝関節症治療の注射には、一般的にヒアルロン酸やステロイドなどが使用されますが、これらは根本的な治療ではなく痛みを抑える対症療法となります。つまり注射だけしていれば完治するというものではなく、運動療法や装具療法などを組み合わせて進行を抑えることが重要です。また再生医療という新たな選択肢も増えたことにより、従来なら手術が必要な方が、手術をしなくても日常生活を送っておられます。変形性膝関節症でお困りの方は、自分に合った治療法を見つけましょう。
No.0019
監修:院長 坂本貞範